君だけのためのモノローグ

その夢を輝かせるために

ジョセフへ –At the End of the Tunnel There's a Glimmer of Light

 

 

一時間後に迫ったフライトを空港で待つあいだ、

何気なくツイッターを開いた。

更新した画面に並んだ「全公演中止」の文字。

 

 

音も立てずに 涙も出ずに

心が砕けた。

 

 

もちろんこんな状況で公演ができそうにないことは承知だった。はずだった。

 

 

でも、

なぜ自分はいま飛行機を待っているのか

その問いが浮かんでしまったときに、

本当は公演中止なんてはじめから受け入れようとしていなかった自分に気がついた。

 

 

 

チケットは一枚も持っていなかった。

応募すらしていない。

ミュージカルが発表された時点でいけないことは分かっていたから。

去年もそうだったから。

今年もまた、自担の主演舞台にいけない歯痒さに海の向こうから耐える覚悟はできていた。

居住国の空港が閉鎖されたときにはもうあきらめがついていた。

 

なのに。

 

 

急遽日本から邦人の救済便が出ることになって

一週間後に帰国するかどうかの判断をせまられて。

 

居住国では完全なる外出禁止措置がとられているから、

このまま引きこもっていれば感染することはない。

でも、もしも感染した場合には

日本にはあって居住国にはない医療機器や医薬品があるという。

もはや何をリスクと呼べばいいのかもわからない。

 

この便に乗れないと次にいつ日本に帰れるかわからない。

結局「最悪の事態を考えて」という理由で帰国することを決めた。

 

 

本当はこんな状況の日本に帰るのは恐怖でしかなかった。

でも、その恐怖を抱えながらも帰国を決めたのは、

 

「もしかしたら もしかしたら

 5月のジョセフなら上演されるかもしれない

 行けるかもしれない」

そんなちいさな、いま思うと無謀な、

希望が芽生えてしまったから。

 

 

「かもしれない」の、ちっぽけな希望で

不安を押し殺してた。

 

 

だから、飛ぶ一時間まえに

その希望が幻想にすぎなかったことをつきつけられて

嘆くことも悔いることもできず

空っぽの心と一緒に地上を離れた。

 

 

 

 

 

 

そして、それからもうすぐ一週間が経つ。

今もなお文字を打つ手は震えているし、胸はトゲを刺されたように痛む。

一週間前は包丁を刺されたようだったと思えば少しはよくなったほうなのかな。

 

終わりもなく答えもないこの感情たちともう一度向き合うということ、

それには勇気が要る。

でも、今ことばにしなければ、気づかぬうちに蒸発して消え入ってしまいそうで

それだけ脆くて張り裂けそうな気持ちだけど

割らぬようそっと膨らませて、

いまここに残そうと思う。

 

これも薮くんがくれたものだから。

 

 

 

 

 

 

 

自分が観にいけないからこんなに辛いんじゃない。

それだけならば去年だってそうだった。

今回はちがう。

 

薮くんがステージに立てない。

薮くんが舞台を奪われてしまった。

薮くんひとりではない。

カンパニーの俳優さんたち、スタッフさんたち、そして観客となるはずだったファンも。

みんな、見上げてきた光を奪われてしまった。

薮くんが大切にする「みんな」。

 

そして、傷つく「みんな」を

薮くんは励ます。

 

もうなくなってしまっただろう稽古で。

スタッフやキャストへのメールで。

ファンクラブ動画で。

 

「まずは笑顔で」と薮くんは言う。

穏やかで冷静で凛とした声で。表情で。

いつものように、一言一言すべてに重みがあってあたたかくて。

結局いつものように、そのことばたちに救われてしまう。

 

いつものように。

 

 

 

「俺はなんでも楽観的に考えちゃうタイプだから」

「あのときはピンチだったなんて言うのは、ファンに失礼だと思う」

そう言って目がなくなるくらい笑う。

陰は絶対に見せない。後ろ向きな言葉は絶対に発さない。

ぜんぶ「見てくれている人たちのために」。いつも。

 

それは、最年長だからじゃない。座長だからじゃない。

 

 

薮宏太というひと、彼の強い心にある芯の部分だ。

 

責任や理不尽さや苦しみや痛みや過去

ぜんぶ背負って

それでいて笑顔でいられるひとなんだ。

 

自己犠牲ではない。

そうやって人のために自分がいる、誰かの唯一無二の存在でいることに

よろこびを感じられる美しい心の持ち主。

 

 

そして、そんな彼の寛すぎる心が、

誠実さが 責任感が 優しさが、

ときどき切なく感じられてしまうのはファン心。

 

今まで道しるべにしてきたであろう舞台が消えてしまって

自分の大切なひとたちが悲しむのを知っていて

たくさんのひとを想えるからこそ その分の痛みを背負って

本当は辛いはずなのに いちばん心憂いおもいをしているはずなのに

なのにまた笑うんだから またいちばん眩しいんだから

こっちは胸がきゅーっと締め付けられちゃうんだよ。

 

 

 

でもね、

やっぱり

そんな凛々しい薮くんが すきなんだ。

 

 

 

 

だから、

きっとこれからも薮くんはジョセフの話でもネガティブなことは一切言わないんだろうな〜!

ファン側が励まそうなんておもったら逆に励まされちゃうんだろうな〜!

 

ならば今ここに、杞憂になるであろう薮くんへの励まし置いてくからね〜!

 

「薮くんのジョセフ」は絶対に無駄にはならないなんて、本人はもう分かってることだろうけどね!!

 

でもね!あなたが知らないかもしれないこと!

 

周りの人たちにいっぱい愛されるジョセフ

どん底に落ちても、自分より他人を助けるジョセフ

誰に対しても誠意を持って接するジョセフ

そして 自分のことを信じて立ち上がれるジョセフ

物語を知れば知るほど、ジョセフと薮くんを重ねずにはいられなかったんだよ。

 

ジョセフは別名Dreamerと呼ばれているけど、

ならばあなたこそがジョセフだよ、薮くん。

薮くんがこの役に選ばれたのには、きっと意味がある。

 

 

11月1日。2年連続の舞台、それも今度は巨匠ウェイバー大先生の日本版初演舞台に主演すると知って、誇らしくて嬉しくて堪らなかったあの日。

おめでとうで溢れかえるタイムラインに幸せな気持ちになって。

制作発表会見のときには、ウェディングドレスのような美しい衣装を纏う姿に鳥肌が立ったっけ。

それから数ヶ月、歌詞を口ずさんでしまうほどにジョセフの原曲を聴き込んで。

ここは薮くんならどんな風に表現するんだろう、薮くんがカントリー歌ったらどうなるんだろう、日本語訳はどんなのかな。

この曲のここで、きっと薮くんはステージの真ん中に立って、みんなに囲まれて、力強くも輝いた瞳で少し上を見上げるんだろうなぁ……

そんな想像をしながらワクワクしたこと。

行くなら今しかないと思って、ジョセフの故郷を旅する計画を立てながら心を躍らせたこと。

一人でも多くの人に映像と音として薮くんのジョセフが届いてほしいと願いながら音楽番組やドキュメンタリー番組に片っ端から要望を送って、どこか一つでもと熱い気持ちになったこと。

ライブのMCでミュージカルの告知をしてくれたとき、感謝と喜びを込めて心の底から手を叩きながら、会場全体から薮くんに送られる拍手に感動したこと。

少しずつ雑誌で明かされる稽古の進行具合、「本番までに習得したい歌い方がある」と意気込む薮くんを心強く思ったこと。

薮くんが頑張ってる、そう思うだけで自分も頑張ろうと背中を押されたこと。

 

毎日毎日そうやって希望をもらってきた。

開演日のずっと前から、ときめきを重ねてきた。

 

薮くんの「ジョセフ」が灯してくれた明かりは、

もうこんなにもたくさんあるんだよ。

胸の中に。ひとりひとりの心の宝箱に。

絶対に誰にも奪われない大切な場所に。

 

 

 

 

薮くんとファンの共通の夢

「ジョセフを必ず舞台で」

一緒に叶えようね。かならず。

 

 

"Any dream will do"

ジョセフのそのことばを信じて。